socioarcの8月30日のエントリーより知ったエントリー「第24回「病床にて『サービスの本質とその向上策』について再考してみた」(2006/08/25)」を読んで思ったこと。

マニュアルはすべきことの下限を示すが、それを上まわるために必要なのが、「思いやる心」。

マニュアルの一つの「プロセス」としてみれば、顔の上を通過させようが、素っ気なく回答しようが、「排泄援助」「身体の清拭」「寝衣の交換」といった“項目”をこなしているという意味で同じだ。しかし、患者にとって、結果の差は歴然である。

 その違いは何か。筆者は「プロセス深度」と名付けた。病院のマニュアルは該当する事象に対し、どのような対応をすべきかが規定されているが、「患者をおもんぱかる」という行為は、マニュアル外の「相手の立場に立って、個人が考える」部分に属することとなる。そのため、プロセスを「どこまで深くやるのか」は、最終的には個人の判断となる。「患者の状況をいかに改善するか」「どこまでやれば患者は満足したり安心したりするのか」という発想が優秀な看護師にはできる。

 しかし、看護師が個々の患者の満足度で評価される仕組みにはなっていない


確かに、いい接客やいい対応された瞬間は覚えているが、それが誰だったかを記憶できていない。

 そこで、先に筆者が提示した「プロセス深度」と組み合わせて考えてみたい。マニュアルやSLAは、あくまで最低線か標準レベルを設定したものだ。ならば、SLAを大きく超えたサービスを提供された時、顧客はその内容をサービス提供社に告知する仕組みを作るのだ。また、SLA*1が規定しにくい職種である、先の看護師のようなサービススタッフにも、期待水準を超えて顧客が「感心した/満足した」時に、モバイルやカードなどで投票する機会を用意するのだ。方法、考え様はいくらでもあろう。そして、顧客の意見を定量的・定性的に集計し、優秀な担当者を個別に報奨しモチベートするのだ。

 こうした仕組みを既に取り入れている職場も一部にはある。しかし、高いレベルのプロセス深度が個人の「やる気」「サービス精神」に依存している職場はまだまだ多い。

 サービス向上の源泉は担当者のモチベーションである。マニュアルやSLAで縛り付けるだけでなく、「褒められてうれしい」という、根源的な感情を育成するところから再考してみてはどうだろうか。むろん、報奨を狙ってスタンドプレーに出る者もいるだろう。しかし、そんなものは長続きしないし、受け手にも真心と下心の差は伝わる。

 大切なのは、スタッフ全体のモチベーション向上と、ボトムアップの仕組みづくりなのである

 
 カードに記入したりすることで、良いサービスやホスピタリティ(what)を受けた瞬間(when)やその場所(where)だけでなく、誰に(who)を明確にできる。what,when,whereは、その組織や企業などが良いサービスをしているということを明らかにする。たとえば、リッツカールトンはすばらしいとか。
 
 whoが明らかになることで、『優秀な担当者を個別に報奨しモチベートする』ことができそうだ。確かに、その可能性はある。しかし、優秀な担当者を動機づける機能だけを、SLAは持つのだろうか。カード記入の項目は下限マニュアルを生み出してしまう。

 たとえば、「担当者はお客様の要望に応えるだけではなく、その奧にある言い表されていない気持ちをくみ取っていましたか?』という項目があるとすれば、現在気持ちをくみ取って良いサービスをしている従業員を評価することはできる。が同時に、そうしていない従業員にとって「言われている以上のことをせよ」という強制力を持った指示・命令に変わりうる。

 そして、これは直接何々をせよという具体性がないだけに、『報奨を狙ってスタンドプレーに出る者*2』ならまだ救いがあるが、良いサービスの例として取り上げられていることだけをいやいやながら行うという人を生んでしまう*3

 顧客カードが新たな下限となる。ではどうしたらよいのか。『大切なのは、スタッフ全体のモチベーション向上と、ボトムアップの仕組みづくりなのである』ということには賛成するが、その具体策は何なのであろうか。

 調査項目の絶えざる変更か。顧客や同僚による評価などのインセンティブシステムの見直しか。ただ単に上司の称賛か。

今考えられているのは、
最高サービスマニュアルの開発。サービスの調査は個々の人の評価というよりも、顧客から高く評価されたサービスやホスピタリティの発見という趣旨で行うべきだ。それらを分析し、どのような点が顧客から高く評価されたのか、その行為をするにはどのような仕組みが必要なのか。具体的な現場ではどのような注意が必要なのか。などなどをマニュアル化する。調査の時点では、優秀な従業員の繊細な心配りでやっと行えたサービスを、通常の注意でしかも簡単にできるように工夫をすることが必要となる。
 これらは、サービス開発スタッフが行うべき仕事(絶えざる調査、優れていたサービスの発見、実施がむずかしい優秀なサービスを簡単に履行できるようにする職務再設計や仕組みの開発,すなわち下限マニュアル*4を最高サービスマニュアルに変えること)となる。

 たとえば、ホテルの浴室の掃除。他の人は頭に何も着けていないが、ある従業員がシャワーキャップをかぶって行っていたとしよう。掃除した後に、確認のためにバスタブをのぞき込む際に自分の髪の毛が落ちないようにと気遣ってのことだ。たった一本でも髪がタブに落ちていると気になる人は気になる*5。それをマニュアル化すればいい。浴室の掃除には髪が落ちないようにシャワーキャップをかぶろうと。もちろん、浴室に備えてあるものではなく、少し頑丈なものを特別に作るとともに、夏でも蒸れない、そのホテルの雰囲気にあったものを作ることが必要だろう。


みんながイノベーター:簡単に言えば、従業員がイノベーター、サービス開発者になるというものだ。むずかしいことはない。ただ、創意工夫の実践とその結果の報告を変えた提案を行えばいい。その提案が採用されれば、その費用対効果を見積もり、個々人の評価の一部として採用する。あるいは一時的な褒賞でよい*6
 これは工夫するものに報い、動機付けをするとともに、その結果を者で共有できる。①のマニュアル改訂とセットにすれば強力なサービス向上機能を持つものと考えられる。

 ただし、このセットは既に企業で採用されているかもしれない。たとえばリッツカールトンなど。少し実態を調査してみたい。

*1:サービス・レベル・アグリーメント(SLA)

*2:スタンドプレーが何かを常に考え、顧客にすばらしいと感じさせる行為とは何かをいろいろと考えて新しいサービスを工夫しようとする。それが自己の利益になるだけだとしても向上心はある

*3:自分の利益の確保よりもせいぜい損しないようにするという気持ちだけを持ってしまい、良いサービス事例が提示されるとそれを模倣することに汲々とする

*4:最低限やるべき仕事を列挙したもの

*5:私は一瞬いやだと思うが、即座にシャワーで流す。後は気にならない。中には、部屋の交換を申し出る人もいる

*6:数万円の褒賞ではなく、近年のエンジニアによる開発のように、可能であれば数十万以上は必要となるだろう。ただし、この金額があまりに大きすぎると問題が生じる(創造性を担う部門に偏りが生じる)という指摘もある→『コーポレート・クリエイティビティ―創造力発揮の6つのポイント